December 2019  |  01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31

新書の乱読と「ウェブ人間論」

永遠のガンダム語録サラリーマンは2度破産するひらめき脳ウェブ人間論売れる売り場 売れない売り場スピードハックス 仕事のスピードをいきなり3倍にする技術などなどを読了。

小説を除き、僕は昔から通勤用、リビング用、トイレ用、寝室用など、いくつかの本を平行して読書するのが好きだ。新書やHowTo本の類はあっという間に読み終わってしまうため、複数平行して読まないと物足りなさが残ってしまうというのが大きな理由だが、特に、最近の新書は、著者の言いたいことが1点に集約されている物が多く(それゆえ、わかりやすいともいえるが)、中身も言いたいことが手を変え品を変え繰り返されるケースが多い。だから、ついつい複数平行の乱読をしてしまうのかもしれない。
ただ、上記の本の中で、ちょっと時間がかかったのが、「ウェブ人間論」だ。これは、昨年、大ブームになった「ウェブ進化論」を書いた梅田望夫氏と若手芥川賞作家・平野啓一郎氏の対談。つまり、話している本人たちにすら、最初に結論があるわけではない。だから、こちらも展開を予測して読むことができず、流し読みしにくいため、読むのに時間がかかったというわけだ。しかし、話の展開が見えないが故に、なるほどと思わせる部分も多々あった(ウェブ人間論と関係あるかどうかはさておき)。

例えば、音楽の世界ではレコードがCDに移行したり、曲をダウンロードしたりするように変化してきているのに、なぜ出版業界ではそうしたことが起こらないのか、についての梅田氏発言。
「(レコードがCDに移行したときに比べ)本をなくしてネット上のコンテンツとそのダウンロードに移行していく動機が、関係者のほとんどにありません」「本がダウンロードで読まれるようになるには、(Appleの)ジョブズや(Amazonの)ベゾスに当たる人が出ないといけない」「既存の産業の在り様を技術で変えるには、狂気が必要」


さらに、本を読むこととネットを読むことの違いに対するの平野氏の発言。
「ネットには何故飽きないかというと、自分で情報を取捨選択してるからなんでしょう。本は面白くない箇所もありますから、途中でイヤになることもあるけれど、実はそこが、肝だったりする。良くも悪くも、情報をリニアな流れの中で摂取するしかない。」(平野氏)


仕事柄、どうしても出版の未来や、本とネットの関係などについて興味が行きがちなのだが、確かに梅田氏の言うとおり、たとえ、本のダウンロードが技術的に可能でも、関わっている人たちの意識を改革するような何かがなければ(誰かがいなければ)、出版業界が急激に変化することはないとだろう。また、情報をリニアに(つまり、書き手の意図通り、順番に)読まざるを得ないところに本の良さがあるという平野氏の発言も、活字世代としては納得だ。

しかし、僕はこうも思う。
音楽は、運良く、そのコンテンツをレコードからCD、ネットへと華麗に移行し、ビジネスを継続することができた。しかし、本はどうだろう。すでに、ネット上には本のライバルがごまんといる。つまり、出版業界は単にネットに移行できないだけなのかもしれない、と。
しかも、情報をリニアに受け取るのが時間の無駄(もしくは不自由)と考える世代はますます増えているから、将来、本という形でパッケージ化された読み物が相手にされなくなる可能性もある。事実、テレビ局がそうなりつつあるし(番組表に従ってリニアにテレビを見るという若者が減り、レコーダーやYouTubeで情報を取捨選択する人が増加中)、実は、小説の分野でも徐々にケータイ小説(紙でなく、携帯サイトで発表される小説)が幅を利かせつつある。朝日新聞の「普通の若者が携帯小説 ベストセラーも続々」という記事によると、「魔法の図書館」という携帯サイトに掲載されている小説は、なんと70万タイトル。そして、そのうち、10タイトルが10万人以上に読まれているベストセラーだという。つまり、単純に数十万人の人(たぶん若者)が、紙ではなく、ケータイで小説を読んでいるということだ。

もちろん、ケータイ小説とはいえ話自体はリニアなものだろうが、本を買って読むという行為まで含めて考えると、わざわざ書店で探して購入し、わざわざ持ち歩かないと読めないという紙の本は、その行為までもがリニアな存在だ。一方、ケータイ小説は、買う場所の制限も読む場所の制限もない。これは、人々がレコーダーやYouTubeが便利だと思うのと同じ感覚といえる。そして、だからこそ、数十万人のケータイ小説の読者がいるということだ。問題は、ここに既存の出版社が入り込めるかどうかだが、僕はそれは難しいと思う。なぜなら、今のケータイ小説はケータイで書かれている。つまり、その小さな画面を前提に会話やストーリーが作られているということだ。
紙の本の小説家とケータイ小説家。今は、まだ前者のほうが数が多く、前者を支持する読者も多い。しかし、今、ケータイ小説を読んでいる人々がさらに増え、10年、20年経って、さらにケータイも進化したとき、既存の出版社の枠組みをぶち壊すような狂気を持った誰かが登場する可能性は十分にあると思う。
pagetop