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オンラインマガジンの盲点。

ちょっと前の話になるが、小学館が大人向けのオンライン雑誌専門サイト「SooK」(スーク)を開設した。オンライン閲覧専門のライフスタイルマガジンという触れ込みで、一挙に7誌も用意しているのがいかにも大手出版社らしいが、どうして出版社発のオンラインマガジンというと、文章が縦組で、しかも紙をめくるように読むスタイルになってしまうのだろう。他にも、FlipBookをはじめ、似たようなオンラインマガジンがあるが、いずれも縦組。仮に、横組でも、ページをめくるようなスタイルだけは崩そうとしない。僕は、ここに出版社のアナログさ、頭の堅さ、他者から学ぼうとしない傲慢さを感じずにはいられない。

まず結論からいうと、パソコンのディスプレイは縦組の文章を読むのに適していない。出版社の人間はたったこれだけのことをわかろうとしないのだ。僕たちが、あるホームページを読んでいるとき、その視線は画面の最上部から最下部まで大きく動いているだろうか? 答えは、否だ。ほとんどの人は、目線は画面の中央に置き、一定の範囲内で視線を動かしているはずだ。そして、その範囲から外れる文章はスクロールさせ、目線の範囲に収めてから読む。そのほうが、視線や頭を大きく動かすことなく、楽に文章を読めるからだ。また、人間の視野は左右に広いから、横組でも極端に幅が広いのでなければ、視線を大きく動かすことなく、文章を追える。なぜ、ホームページが縦組より横組のほうが読みやすいのか? そこには、こうした理由があるわけだ。

そして、実は縦組の文章ですら、僕たちはなるべく頭を動かないように読んでいる。例えば、自分が新聞を読んでいる姿を思い浮かべてほしい。さすがにあの大きな紙全体を視線を動かさずに読むことは不可能。そこで僕たちは、新聞を上下左右に動かし(または新聞自体を折り曲げ)、読みたい部分を視界の中央に持ってきて読んでいる。そして、雑誌や書籍の場合は、本を上下に動かすかわりに、本をやや寝かせることで、同じような効果を得ている。本をやや寝かせると、自然とあごを引くことになり、視線を上下させるだけで本を読めるようになる(頭を動かす必要がなくなる)。もし、逆に本を立てると、あごが上がり、本の下のほうを読もうとすると、視線だけでなく、頭も動かさないと、非常に読みにくくなる。

もうわかっただろうか? パソコンのディスプレイで縦組のオンラインマガジンを読むというのは、本を立てて読むことと同じことなのだ。そのため、文章の下に来る度にあごを引き、最下部に来たらあごを上げるということを繰り返すことになる。これが、縦組のオンラインマガジンを読むと疲れる、もしくは集中して読めない理由というわけだ。要するに、ディスプレイは立っている、紙は寝ているというのが両者の大きな違いというわけ。寝転がって読めるから紙の本や雑誌が読みやすいというのも、実は、単に寝転がれるからだけでなく、誌面と自分の頭の距離の問題を最適に保てられるからかもしれない。出版社は、早いうちに、こうした根本的なことに気付かなければ、お金を産まないオンラインマガジンを垂れ流し、最後には潰すということを繰り返すことになる。

それにしても、新しいビジネスを立ち上げるのに、こうした根本的な部分を議論することなく、ただ紙をネットに載せ替えることしかしない出版業界って、やはり衰退するしかないのだろうか? 最大手の小学館ですら、この程度だからね〜。いや、ビビリます。

comments

kiokadaさん、書き込みありがとうございます。

ちょっと僕には想像がつかないのですが、どのような状態でパソコンの画面で縦組み文章を読んでいるのでしょうか?(パソコンの画面サイズや使用ソフト、フォントサイズ、1行の字詰め、画面内の行数などをぜひ教えていただけないでしょうか)

例えば、昨年のベストセラー、『1Q84』は見開きにすると、ちょうど僕のMacBook Pro 15インチの画面にぴったりと表示できます。パソコンの画面でも紙とほぼ同じ状態が再現できることがわかりますが、両者の大きな違いは、視線と文章のどちらを移動させるか、です。

紙の場合は、読み進むに従い、無意識のうちに本を右に移動させていることに気付きます(視線中央に文章を持ってくるため)。一方、パソコンの場合、画面を移動させることは無理ですから、視線や首を必要以上に動かすことになります(パソコンが長時間の読書に向かないのはこういう理由もあると思います)。

もちろん、見開きではなく、1ページ単位でパソコンの画面中央に表示させるのであれば、上記のような問題は軽減できますから、縦書きもありかもしれません。しかし、Sookのようなオンラインマガジンは、あくまでも画面いっぱいに見開きのレイアウトを表示させようとします。僕は、このことを指摘しているわけです。

ある程度、ユーザーが自由に設定できるのであれば、縦書き表示もありでしょうが、オンラインマガジンは書籍と違って、レイアウトも含めて、デザインされています。そこに、縦書きレイアウトのオンラインマガジンの難しさがあると思います。

文章の縦横については一概にはいえないと思います。

パソコンでは横とのことですが、なぜかわたしは青空文庫で仕入れた文章をわざわざ縦書きの本形式にするソフトで読み込んで読んでいます。

横書きだとしっくりこない。

まったく感覚の問題で個人差のあることなので、両方を選択できるようにするのが一番合理的だと思っています。

きっと理屈をこねず試行錯誤していくことが大事なのでしょう。

  • kiokada
  • 2010/02/01 12:11 PM

まいど。
そのとおりですよね。実際、多用するかどうかはともかく、ケータイはその画面の小ささが幸いして、視界の真ん中に画面をもって来られます。だから、縦組でも読める。ただし、テキストの表示が精一杯。ノートはデスクトップに比べ、見る人の姿勢に自由度があるし、液晶をかなり奥に倒せるから、その点でも頭とコンテンツの距離的な関係を紙に近い状態に保てます。だから、デスクトップより縦組が読みやすいんだと思います。

ってか、せめて、こんな議論や検討は必要だよね、出版社は。

  • トシ
  • 2007/07/09 5:47 PM

ケータイとノートPCだと、それほどつらくないんですよね>縦組み

  • もろほし
  • 2007/07/09 5:25 PM

出版社というと、コンテンツを提供する会社と考えがちですが(自分含む)、実は紙という媒体を通していかにそのコンテンツを読んでいただくかというインターフェースも提供しているわけです。
ところが、紙は、それこそ何百年も前から存在しているし、生まれたときからあるものですから、今さら、紙と人間のインターフェースがどういうものか? なんてことを考えもしないわけですよ、当たり前すぎて。
でも、いざコンテンツを紙でなく、ディスプレイ上で提供するとなると、そこには徹底したマンマシンインターフェースの思想がなければ、お客様は納得しないと思います。紙の上で展開されていたデザインや文字をそのままディスプレイ上に持ってくるなんて、僕はバカげてると思います。音だって出るし、リンクも張れるパソコンディスプレイで、そのすばらしい部分まで無視して、紙とまったく同じ物を再現しようという出版社の姿勢は傲慢でしかありません。
しかも、いうに事欠いて、「まだまだディスプレイは紙に近づいていない」ですから、笑っちゃいます。そりゃ確かに、もっと薄いディスプレイ、丸められるディスプレイ、寝転がって読めるディスプレイ、電源不要のディスプレイなんてものがあれば、素晴らしいけど、そんなものを今望んでもしかたないし、ユーザーは今あるディスプレイしか使えません。きっと、どこかに紙がえらいという気持ちがあるから、オンラインマガジンが失敗しても、出版社の人間は「ディスプレイがまだ紙に追いついていなかった」なんて言い訳をするんですよ。
オンラインマガジンを標榜するなら、出版社は、コンテンツだけでなく、インターフェースも提供するという自覚を持つ必要があります。逆にいうと、インターフェースを持ち合わせている企業は、コンテンツがなくても、オンラインマガジンの市場に打ってでれる可能性があります。

出版社の扱っているコンテンツが紙からディスプレイに移るなんて出来事は、何百年もの歴史の中で初めてのことだし、だからこそ、そこにおけるインターフェースについては、慎重に検討すべきなのに、

  • トシ
  • 2007/06/30 2:52 AM

我々電気機器製造業界だと、マンマシンインターフェースについては、ユーザーからかなり細かい点まで要求されます。
(画面を作るソフトウェア担当者とか、操作パネル面をデザインする機構設計者はタイヘン)

そんな当業界でさえ、いくらこの様な経験を繰り返しても、いきなりお客様にとって「使い易い」インターフェースを提供するのはなかなかできません。

出版業界においても、失敗を繰り返す中で段々わかっていくしかないのかもしれないけど、トシさんみたいにそこに気づけるかどうかですね。
商売をしようとするなら、やはり「お客様本位」の考え方をしないと難しいという良い例かも知れません。

傲慢厳禁ですね。

  • けんぞお
  • 2007/06/29 6:45 PM
   

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